Toshibon's Blog Returns

髪結いの亭主 物書きの妻

小津安二郎と清水宏の温泉映画

小津安二郎生誕100年ということで、世界各地(?)で盛り上がっているみたいですね。ニューヨーク・フィルム・フェスティバルでは、香山美子がゲストに呼ばれてスピーチしたらしい。「東京物語」の彼女は清々しかった。


戦後の作品はほとんど見たけど、戦前の作品は「生まれてはみたけれど」と「父ありき」(正確には戦中)以外は見ていない。NHKBSで「生誕100年小津安二郎特集」と銘打って、戦前の無声映画も含めて現存作品(37作品)を一挙上映するらしい。こりゃ、凄い。


「父ありき」では 父子一緒に温泉に入るシーンがある。ロケ地は栃木の塩原温泉みたいだけど、このシーンは「浮雲」(成瀬巳喜男)の伊香保温泉に劣らぬ名場面。昭和16年に撮ったとは思えないほど、戦争の影のない慈愛に満ちた映画だったなあ。


国立近代美術館フィルムセンターHPを覗いてみたら、東京フィルメックスで清水宏が特集されるとのこと。 清水は小津と同い年だから、なんと彼も今年が生誕100年。小津だけにスポットがあたっている中、こうして清水宏も取り上げるとは、フィルムセンター&フィルメックス事務局、グッジョブ!!


清水宏はどうもいまいち評価が低いけど、小津とは異なる独特の個性を持った監督だと思う。「有りがたうさん」なんて30年早いヌーベル・バーグみたいなもんだからなあ。
「簪」は山梨の下部温泉が舞台だし、今回の上映リストには入っていないけど「按摩と女」は温泉場の按摩さんの話。それに小原庄助さんは言わずと知れた「朝寝朝酒朝湯」。清水監督も温泉好きの人だったに違いない。

あの頃映画 松竹DVDコレクション 「父ありき」
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2013-07-06
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あの頃映画 簪(かんざし) [DVD]
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2013-05-29
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東京暮色のころ

小津映画を集中的に見たのは、今から30年前の20歳前後のころだった。「晩春」「麦秋」「東京物語」「東京暮色」「早春」「彼岸花」「秋刀魚の味」…。この中でも一番衝撃を受けた「麦秋」については、別ブログに書いた。


小津映画についてこれまで幾百幾千のことが語られてきたので、私などの出る幕はないのだが、過剰なまでにヘンテコで細部に逸脱したところのあふれている映画なので、見終わったあとつい語りたくなってしまう。それが黒澤明の映画を見たあととの違いかな(あくまで私にとってだが)。


先日TVで「東京暮色」(1957)を30年ぶりに再見した。
「東京暮色」は小津作品の中では失敗作といわれている。確かに暗い話がジクジクと続く陰鬱さは、当時の小津映画の中にあっては違和感がある。でも、私はこの映画が好きだ。娘が死んだと告げられた母(山田五十鈴)が飲み屋のカウンターで手酌で飲むシーン、その母が東京を去って北海道へ旅立つ上野駅のシーン。あのわびしさ、哀切感は出色だと思う。モノクロの画調も深みがありすばらしい。


「東京暮色」を初めて見たのは昭和47、8年ころ。映画が製作されたのは昭和32年だから、まだ15年しか経っていない時だった。でも、当時20歳の私には随分大昔の映画のように思え、映画に描かれた風俗、言葉遣いとテンポを遠い時代の世界の話として見ていた。
今(平成15年・2003)から15年前といえば平成元年(1988)、ついこの間のような気がする。私が20歳の時の15年前と、現在の50歳の時の15年前。時代のスピード、映画の時間、実人生の時間、それらは決して均質ではないということなのだろう。昭和30年代の変化は、今から思えば凄まじいものではなかったろうか。


正面を向いたバストショットで(観客に向かって)きつい口調でセリフを喋るシーンの息苦しさ、激しさは「東京暮色」にも見られるが、「風の中の牝鶏」(1948)「宗方姉妹(きょうだい)」(1950)でも顕著で、この3本を見ると小津映画の暴力性に思い至る。
今回のTV特集で初めて見た「宗方姉妹」では、夫が妻を何度も平手打ちするシーンに驚愕した。「風の中の牝鶏」の例の階段落ちのシーンに匹敵する暴力描写ではないか。それも同じく典型的なDV(ドメスティック・バイオレンス)!


でも、私はこれら小津映画の中で失敗作、異色作、不人気作品といわれているものにも引きつけられる。少なくとも「東京暮色」以降、「彼岸花」から始まる形式美に彩られた一連のカラー作品より愛着がある。「東京暮色」が最後のモノクロであり、「東京」というタイトルのついた最後の作品であったことも忘れないでおきたい。

東京暮色 デジタル修復版 [DVD]
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2018-07-04
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「The Hours」とアイルランド


アイルランド8日目の朝。フィッツィモンズ・ホテルを6時半に出て、ダブリン空港へ。レンタカーを返し、出国手続きを済ませたあと空港内のカフェでサンドウィッチの朝食をとり、ロンドン行きのBLMでアイルランドを飛び立つ。


ヒースロー空港は2度目ということもあって、スムースにターミナル1からターミナル3へ移動。13時発のヴァージン・アトランティック航空に乗る。機内はロンドン帰り(たぶん)の日本人で、ほぼ満席。隣の20代後半とおぼしき女性は、ワイン、ビールをごくごく飲んでいる。泌尿器系統に持病のある私は、トイレに何度も立つはめになるのが嫌なのでぐっとガマン。


座席のモニターの映画リストを見ると、最近封切られたアメリカ映画「ソラリス」(監督:S・ソダーバーグ)があった。英語版なのでセリフは全くわからないが、音楽と映像だけでこの映画全体を支配している静謐な哀しみだけは伝わってくる。タルコフスキーの「惑星ソラリス」とは比較できない別の映画。こちらのほうが原作により近いのでは。
行きの飛行機よりずっとリラックスしている自分に気がつく。これなら眠れそうだ。睡眠導入剤代わりに映画リストにあった「The Hours(邦題:めぐりあう時間たち)」をセットする。これも英語版。映像を見ることなく目をつぶったまま、フィリップ・グラスの映画音楽と一緒に言葉も音楽として聴く。


「The Hours」は無明舎出版のHPで舎長の安倍甲さんが絶賛していたので、それならばと映画館に足を運んで観た映画。近年観た映画の中では最も心を動かされた。この映画を難解だという人がいるのが不思議だ。テーマは普遍的なもの=死で、一見、救いのない内容だが、裏をかえせば生(生きることの意味)を誠実に描いている実にわかりやすい映画だと思う。


フィリップ・グラスのミニマル・ミュージック風映画音楽が頭の中でぐるぐる回る。回転と反復。これは何かに似てないか? そうだアイリッシュ・ミュージックのリールだ。そういえばアイルランドは円の国だったと思い至る。
ニューグレンジ古墳で見た先住民族の渦巻き模様、キャロウモア遺跡のストーン・サークル、ケルト人の輪廻転生の死生観、渦巻きと螺旋模様のケルティック・アート、円形の十字架(ハイクロス)、ラウンド・アバウト(円形交差点)、そしてぐるぐると回りながら踊るダンス…。古代から現代まで円のようにめぐり連なるThe Hours(=時の女神たち)が、あの国を導いている…。


※Toshibon's Blog Retuurns「ミレイ展」

めぐりあう時間たち―三人のダロウェイ夫人
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めぐりあう時間たち  オリジナル・サウンドトラック <OST1000>
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2014-07-09
ミュージック