Toshibon's Blog Returns

髪結いの亭主 物書きの妻

イチローとブライアン・ウィルソン

音楽評論家のH・K氏が自身のサイトで、37年ぶりに日の目を見たブライアン・ウィルソンの「SMiLE(スマイル)」を取り上げ、その中でイチローの大リーグ年間最多安打記録更新に関連して、イチロー批判を書いていた。


私はイチローが好きである。と同時にブライアン・ウィルソン(&ビーチ・ボーイズ)の大ファンである。自他ともに認めるブライアン(&ビーチ・ボーイズ)・フリークであり、ポップス全般に精通しているH氏の音楽評論には共感するところが多い。だから、彼がイチロー批判をするのがとても悲しかった。その悲しさは、妻が「冬のソナタ」にハマっているのを知った時と似ている(なんというたとえ!)。


H氏は「彼のプレイ・スタイルそのものとか、日本のプレスを相手にしたときの、まるで中途半端に天狗になっている頭の弱い若手ロック・ミュージシャンみたいな受け答えがどうにも生理的に好きになれないぼくとしては、なんか、どうでもいいというか。松井のHR30本超えのほうが絶対すごいじゃん…とか思ってしまうわけですが」と書いている。


私は松井秀喜も好きである。BSの野球中継でヤンキースの戦いぶりに一喜一憂していていたクチである。でも年間安打262本と年間本塁打31本は、やっぱりどう贔屓目に見てもその記録更新の困難さからイチローに軍配があがる。「頭の弱い若手ロック・ミュージシャン云々~」というのは、まあ、(生理的な)好き嫌いの問題だからいいのだけれど(この部分は案外共感する人が多いかも)、次の「しかし、イチローが入ったチームというのは、なんでみんなあんなふうになっちゃうかね。ここ数年のマリナーズって、かつてイチローが在籍していたころのオリックスみたい。チームはむちゃ弱くて、目立つのはイチローだけ…みたいな。チームをそういう性格にしちゃう負のパワーみたいなのがイチローにあるのかな」というのはちょっと思い違いかな、と思う。


私は高校野球よりプロ野球、日本のプロ野球よりメジャーリーグが好きである。打者では古くは榎本(大毎)、近くは落合(現中日監督)が好きである。長島茂雄は素晴らしいプレーヤーだとは思うけど、特別な思い入れは全くない(むしろ、アテネオリンピックの日本代表チームのふがいなさの責任の一端は、長島批判をタブーとしている日本野球界にあると思っている)。
私もH氏もプロ野球ファンだといっても、H氏は巨人ファンであり、私はアンチジャイアンツ、小学生のころからの筋金入りのパ・リーグファン(もともとは大毎(現ロッテ)ファン)というのが大きく違う。萩原氏は野球は巨人を中心に回っているという典型的な巨人ファンなのか、パ・リーグの試合などろくすぽ見ていないし、もともと関心がないのではないだろうか(偏見?)。


輪をかけて悲しかったのは、イチロー批判がブライアンの「SMiLE」レビューの前フリとして書かれていたこと。それはないよHさん! だって60年代のブライアンって、90年代のオリックスのイチローみたいなもんだったんだから!?


ヒット曲を連発しても、ビーチ・ボーイズ=ブライアン・ウィルソンは当時のロック・ファン(&レコード会社)からはその音楽性を評価されなかった。ビートルズが巨人でローリング・ストーンズが阪神なら、ビーチ・ボーイズはイチローのいたオリックスだった。いくらヒットを打っても首位打者になっても、プロ野球は巨人(ビートルズ)、阪神(ローリング・ストーンズ)を中心にまわり、(パ・リーグに関心のない)野球ジャーナルから正当な評価を受けなかったイチロー。マスコミへの「頭の弱いロック・ミュージシャン」のような突っ張った対応も、なかなか自分のプレースタイルを理解してくれないマスコミに対し、彼の自信とプライドが屈折して表出したせいなのかもしれない。


かつてパ・リーグの試合はTV(地上波)ではほとんど放映されなかった。だから、田舎に住む私のような者はパ・リーグのスターをみることができるオールスター・ゲームが楽しみだった。この気持は巨人ファン(セ・リーグファン)にはわからないだろう。イチローはオールスター・ゲームではいつもガチンコで全力プレーをしていた。それはオールスター打率生涯1位(50打数以上)という記録が証明している。イチローの数々の記録の中ではどうってことないもののように見えるが、これはセ・リーグに対する彼の対抗意識、プライドの現れだろう。


イチローの野球人生は決して恵まれているわけではない。甲子園ではほとんど注目されず、ドラフト4位で不人気球団へ。そこでも監督との意見の食い違いでなかなか1軍にあげてもらえなかった。アメリカに渡ってもシアトルという西海岸の地方都市の地味なチーム。年間最多安打の記録更新も実は全米的な盛り上がりは欠き、東海岸ではあまり話題にならなかったようだ。これが、ニューヨーク・ヤンキースの遊撃手デレク・ジーターなどだったら全米のメディアが大騒ぎしたことだろう。甲子園のスターであり、巨人ドラフト1位、ニューヨーク・ヤンキース入団と、常に陽の当たる場所を歩んでいる松井とは好対照だ。


私がイチローを初めて見たのは、1994年6月にある地方都市の市営球場で行われたオリックス-近鉄戦だった。近鉄の先発は野茂で、その野茂から右に左にヒットを打ちまくる若々しい痩身の選手がいた。それがこの年本格デビューしたイチローだった。この年は年間200本安打を達成し(最終的には210本の日本記録)、翌年はリーグ優勝、翌々年にはオリックスを日本一に導く原動力となるのだが、その時はまさかあのやせっぽちの若者がこれほどの選手になるとは思いも及ばなかった。


私はアメリカに渡ってからのイチローよりも、7年連続首位打者を獲得した日本でのイチローのほうが、ほんとは凄かったのではないかと思っている。TVのスポーツニュースや新聞記事でしか情報を得られなかった私と違って、球場に足を運び彼をリアルタイムで見続けたファンこそがそう思っているのかもしれないが。


数日前にNHKBSで放映されたイチローのインタビュー番組で彼は「(年間最多安打記録を達成して)ほんとはこのまま野球をやめたい。このままやめられたらどんなに楽だろうと…」と言っていた。冗談半分のようだが、案外本音のような気もする。続けて「細かいことを積み重ねることでしか頂上に行けない。それ以外に方法はない」とも。毎年コンスタントに数字を残し、記録を積み上げることがどんなに大変なことか。前年より成績が落ちると叩かれ、ネガティブ・キャンペーンをはられる。「ヒット1本打つのがどんなにうれしいか」http://www.1101.com/ichiro2/index.htmlというのは彼の本心でもあるだろう。


TVのインタビューでは「もっと野球を上手くなりたい。そういう実感をもてたらうれしい。ベストに近づけるようがんばりたい」とも言っていた。そういえばブライアン・ウィルソンも言っていた。「もっと知られた存在になりたい。曲を作りたい」。60年代にビートルズに強烈なライバル心を燃やし立ち向かい認められなかったブライアンではなく、今は十分すぎるほど有名で、数多くのミュージシャンから最大級の敬意と称賛を受けているのに…。いかにもブライアンらしいなあ。


還暦を過ぎてもなお向上心を持ち続けるミュージシャン、そして理想のプレーに近づくために日々努力を怠らないベースボール・プレイヤー、言い訳ばかりで逃げてばかりの人生を送ってきたtoshibonに、2人の爪のアカでも煎じて飲ませたいものだ…。