Toshibon's Blog Returns

髪結いの亭主 物書きの妻

こんな風に生きていくのなら

一週間ほど前に浅川マキさんが亡くなったのを新聞記事で知った。名古屋3days公演の最終日、リハーサル前にホテルの浴室で倒れているのが発見されたという。旅公演のさなかの客死は、浅川マキらしいといえば、いえるのかもしれない。


今から25年前の1984年11月、私の店(「Mouchette」)に、公演が終わったばかりのマキさんとバックミュージシャンたちがやってきたことがあった。公演を無明舎出版が招へいしたこともあって、無明舎と親しかった私の店で打ち上げが行われたのだった。


この人の歌を(レコードで)最後に聴いたのは、いつだったろうか。少なくとも20年前に店をたたんでから、聴いたことは1度もなかったように思う。打ち上げの時、店のレコード棚にあったセカンドアルバム、『浅川マキⅡ』のジャケットにサインをしてもらったのだが、訃報に接するまでそのレコードの存在さえすっかり忘れていたのだった。
 

(Mouchetteで書いてもらったサイン。この時、写真も撮ったのだが、どこに紛れ込んでしまったのか、探しても見つからない)


70年代、私のまわりや行く先々で、浅川マキの楽曲がどこでも鳴っていたような印象がある。「かもめ」「夜が明けたら」「こんな風に生きていくのなら」「赤い橋」…。かつて愛聴したこれらの歌を、YouTubeで本当に久しぶりに聴いてみた。なんだかとても生々しくて40年前の歌とは思えない。歌に付随して当時の風景、出会った人々の記憶がよみがえってくるようだ。


ずっとアンダーグラウンド・シーンで歌い続けていたことから、浅川マキを日本のNico(ニコ)という人もいるが、ちょっと違うと思う。私にはブラジルのサンバカンソンとアメリカのトラディショナルフォークと日本の演歌を足して2で割った歌世界のように思える。80年代に山下洋輔、近藤等則らジャズミュージシャンと作ったフリージャズ風の作品よりも、やっぱり初期のころの歌に惹かれるのと、声質が美空ひばりに似ていることがその理由かもしれないけれど。




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