Toshibon's Blog Returns

髪結いの亭主 物書きの妻

小津の『浮草』=真夏の燗酒

小津安二郎の『浮草』(1959年)は、大映での唯一の作品ということで、厚田雄春ではなくて宮川一夫の撮影、主な出演者は小津組常連ではない大映の役者。それらのコラボレーションが(松竹の)小津調とは異なった雰囲気を発散して、フィルムが妙になまめかしく、いつもの小津映画にはない生きた人間の息づかいが感じられる。
冒頭の灯台と一升瓶(ビール瓶?)を並べるカットに度肝を抜かれ、滝のような雨にあっけにとられているうちに、物語はあっという間に終わりを迎える。黒沢清が言うように、「小津映画は速い」。


松竹のカラー作品より褪色が進んでいないせいか、暖色系の発色に特徴があるアグファカラーの色彩が、真夏の季節と京マチ子、若尾文子の肉感的な肌を美しく見せている。そのせいか小津世界の住人である杉村春子でさえ他の作品と比べるとずっと色っぽい。登場人物たちは真夏でも燗つけて酒を飲む。体感温度の高い映画だ。


それにしても若尾文子を足蹴にする中村雁次郎の暴力描写にはまいった。売り出し中の大映若手看板女優若尾文子を足で蹴るなんて!(原節子には絶対そんなことはできないはず)。この映画を見て原節子の出演する小津映画は、小津の真の欲望を上手に隠している「えふりこぎ」映画かもしれないと一瞬思った。


昨日見た「東京の合唱」もよかった。
岡田時彦演ずるサラリーマンの長女が可愛いな、と思って調べたら、高峰秀子だった。高峰秀子は小津映画ではこれと「宗方姉妹」の2本しか出ていない。「宗方姉妹」では、彼女の個性が小津の型にはまった演技指導からはみ出てしまい、それが小津映画の中では妙な居心地の悪さを生んでいたように思う。「東京の合唱」のほうが、ずっといい(子役の素の演技だから当然か)。
小津映画に出てくる兄弟は、男の子2人の兄、弟がほとんどで(「生まれてはみたけれど」「東京物語」「麦秋」「お早う」など)、この映画のように女の子が出てくるのは珍しいので、特別印象に残った。


小津映画にお決まりの汽車・電車(この映画では路面電車)もしっかり登場するのでうれしくなった。なぜかこの映画を見ていて、アキ・カウリスマキの「浮き雲」を思い出した。路面電車のシーン、失業しての職探しと夫婦の絆、最後に食堂でハッピーエンドを迎えるところなど、似ていないだろうか。

あの頃映画 松竹DVDコレクション 「東京の合唱/淑女と髯」
あの頃映画 松竹DVDコレクション 「東京の合唱/淑女と髯」
松竹
2013-07-06
DVD