Toshibon's Blog Returns

髪結いの亭主 物書きの妻

裏小津映画ベスト5


15年くらい前にNHKBSで小津安二郎監督のトーキーを含むほとんどの作品の放映があり、その時に視聴者の投票による以下のような「小津映画ベスト10」が発表されたことがあった。


①『東京物語』②『晩春』③『麦秋』④『生れてはみたけれど』⑤『浮草』⑥『彼岸花』⑦『秋刀魚の味』⑧ 『秋日和』⑨『早春』⑩『淑女は何を忘れたか』


上位3本は無難というか、予想通り。ただ、『浮草』の5位と、『淑女は何を忘れたか』が入っているのがちょっと意外。あと『彼岸花』が『秋刀魚の味』『秋日和』より上なのも解せないかな。そこで私も小津映画best10をあげてみようと思ったのだが、小津映画に順位をつけるのはとても難しいことに気がついた。


 戦後の小津映画は、BSの人気投票上位3作品や『彼岸花』以降のカラー作品のような、一般に小津調といわれている作品が代表作といわれているが、BSの特集を見て思ったのは、こうした作品で小津映画を判断するのがいかに間違いであるかということ。発表当時に大衆受けしなかった不人気作品や、失敗作と評価されている作品も〃面白い〃。そう、小津映画はひとつとして〃つまらない〃作品がない。


 戦前の作品では、サイレントで好きなのは-『和製喧嘩友達』『淑女と髭』『東京の合唱』『生まれてはみたけれど』『出来ごころ』『東京の女』『浮草物語』。中でも『東京の合唱』に愛着がある。トーキーになってからの作品は-『一人息子』『淑女は何を忘れたか』『戸田家の兄妹』『父ありき』どれも素晴らしいが、一本だけあげるとすれば、『父ありき』か。『淑女は何を忘れたか』も好みだが。
 難しいのは戦後の作品。そこで「表小津映画」と「裏小津映画」に分けてみた。われながらいい考えだ。


 「表小津映画」BEST5
①『麦秋』②『東京物語』③『晩春』④『秋日和』⑤『秋刀魚の味』
 
「裏小津映画」BEST5
①『浮草』 
 大映で撮った唯一の作品。宮川一夫のカラー撮影が鮮烈。俳優(京マチ子、若尾文子)、季節(真夏)、場所(海辺の町-志摩半島)、豪雨(男女対等な罵りあい)、風狂(旅芸人)への憧憬。すべてが異色。こんな小津映画もあったんだ!


②『お茶漬けの味』 
 『麦秋』(昭和26年)と『東京物語』(昭和28年)の間に撮った映画。昭和27年(1952)といえば私の生まれた年。だから「裏小津映画」にふさわしいというわけでもないが、いまいち地味。でも、この年の興行ランクの第一位だったという。映画に登場するパチンコ、競輪、ナイターなどの風俗描写と、何より木暮実千代のふてぶてしさが異色。映画の役どころだけでなく、実際の撮影でもカメラマンの厚田雄春に顔を撮る角度の注文をつけたり、内緒でラッシュを見てアップが少ないと文句を言うなどわがままにふるまったとか。こんな女優は他にいなかったはず。だから小津映画はこれ一本きり。いろいろな技術的な試みが目に付く映画でもある。画面転換でのカメラのわずかな移動撮影、銀座へ向かうタクシーの車内と車窓の臨場感、東海道線の展望列車の疾走感、ラスト近くの台所での長回し、障子に映る影…。カメラが(映画そのものが)他の作品に比べて〃動いている〃という印象がある。戦前の傑作『淑女は何を忘れたか』との類似点も含めて、この映画、もっと評価&語られてもいい。


③『東京暮色』
さえざえとした「TOKYO TWILIGHT」。最後のモノクロ作品。上野駅ホームの夜行列車のシーンが印象深い。私は今から45年ほど前に一度見ただけだったので、この時TVで再見するまで、なぜか原節子(娘)が山田五十鈴(母)を駅に見送りにくると間違って記憶していた。あそこで見送りにいったら、映画は全く違ったものになっていただろう。
 「ここにあるのは、『東京物語』に描かれた真夏の死とは対極に位置する暗く湿った世界である。事実、封切り当時の評判はかんばしいものではなかったし、その後、この映画を語るものも少ない。だが、小津安二郎を見るとは、(『東京物語』の)真夏の死と(『東京暮色』の)真冬の死とをともに肯定することではないか」(蓮實重彦)

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④『風の中の牝鶏』
この映画も『東京暮色』と同じく公開時は評判が悪く、小津自身が失敗作と述べている。だが、陰鬱なモノクロ映画『東京暮色』の次にまばゆいカラー映画『彼岸花』を撮ったように、この映画があったから続いて戦争の影などみじんも感じさせない『晩春』が生まれたのではないか。映画が封切られてから70年。階段からころげ落ちた田中絹代を、当時の観客と同じく、私たちは抱き起こすこともできず、まだ息をのんで見つめている。


⑤『宗方姉妹』
 『晩春』の翌年(昭和25年)、新東宝で撮った映画。高峰秀子が出ているが、小津映画にはミスマッチのように思う(私だけ?)。陰気な性格の夫(山村聡)が妻(田中絹代)に何度も平手打ちをくらわす。『風の中の牝鶏』の階段落ちに匹敵するDV(ドメスティックバイオレンス)シーンに驚愕した。小津映画の3大暴力場面といえば、このふたつのほかは、『浮草』で中村雁次郎が若尾文子を足蹴にするシーンだと勝手に言っておこう。