Toshibon's Blog Returns

髪結いの亭主 物書きの妻

気まぐれに一冊① 『失踪日記』

今さら、と思われるかもしれないが、吾妻ひでおの『失踪日記』は傑作だ。


 内容は-①マンガが描けなくなって失踪してホームレス生活(1回目)→②連れ戻されるが再び失踪してホームレス生活(2回目)。2回目の失踪でガス配管工事関係の肉体労働に従事→③ガス配管工の仕事をやめて漫画家の生活に戻る(漫画家としての半生を振り返る)→④アル中になって精神病院での入院生活-と、大きく4つチャプターに分かれているが、どれも過酷な漫画家残酷物語、オビに「全部実話です(笑)」とあるように悲惨な実体験を基にしている。でもちゃんとエンターテイメントになっていて、何よりマンガとして成立しているところが凄い。


 「ギャグ漫画家は自分を笑い物にするのが基本だから、自己憐憫とは無縁なんです」と〃あじま〃先生は言う。シリアスな話をシリアスに描くのではなく、ギャグで描く。ギャクマンガ家として自分を客観視できる作者の資質と力量が感じられる。


 昔から吾妻ひでおのマンガには品があるんだね。今の「萌え」の原型とでもいうべきイメージを創出した「オタク」文化の始祖のような人だけど、女の子を描いてもいやらしくなく、暗い話を描いてもポップ。ほんとは痛々しいまでに絶望しているんだけど、その暗さ、悲惨さを絵が救っている。


 第1回目の失踪で警察に保護された時、警察署員の中に吾妻ひでおのファンがいて、「先生ほどの人がなぜこんな…」というセリフに、「な、なんつーか描けなくてねー」とひとごとのように答える吾妻氏のコマ。ここのところで可笑しくて読んでいて笑ってしまったのだが、でも同時にとても悲しくなって困った。笑いながら泣きたい気持ち。こんな読書(マンガ)体験は、おそらく初めてだ。


 中島らも氏の例をみてもわかるようにアルコール依存症はやっかいな病だ。それにマンガ家、なかでもギャグマンガ家のハードさは想像を絶するものがある。『失踪日記』では吾妻氏のマンガ家としての歩みが自伝的に描かれてもいたが、妥協を許さず自分の才能を信じて好きなもの描く…、それがどんなにつらく厳しいものであるか。


 「漫画家残酷物語」といえば、恥ずかしながら、私も10代後半に永島慎二のマンガにちょっぴりかぶれたもののひとりだ。それでこじつけるわけでもないが、永島氏と吾妻氏ではまるで接点がないように思えるけど、案外似たもの同士のような気もする。どちらも人物のフォルムは初期の手塚治虫のキャラクターだし、何よりもそのプライド、マンガに対する矜持という点において。

失踪日記
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イースト・プレス