Toshibon's Blog Returns

髪結いの亭主 物書きの妻

津軽湯ノ沢温泉のいま

先日、あるカタログ誌の温泉取材で青荷温泉へ行く途中、秋田・青森県境の津軽湯ノ沢温泉に久しぶりに立ち寄ってみたら、昨年冬に休業した「なりや温泉」が再開されないまま、廃墟のようになっていた。


3軒の湯宿があった湯ノ沢温泉のうち、一番手前の「でわの湯(湯の沢山荘)」も4年前に廃業しているので、残るは「秋元温泉」1軒のみ。拙著『東北の湯治場 湯めぐりの旅』に「県境にひそむ湯治天国」という惹句で最初に紹介した大好きな温泉場が、こんな状態になってしまうなんて、本を出したころは夢にも思わなかった。


湯治の習慣が失われ、湯治客が激減しているのは頭ではわかっていても、こうして現実を目の当たりにすると、やりきれなくて悲しくて、建物の前でしばし茫然としてしまった。


今冬の大雪で建物が損壊し、痛々しい「なりや温泉」。


放置された「でわの湯(湯の沢山荘)」の浴場棟も痛みが激しい。ここは石膏食塩の成分濃厚な土類泉。一方「なりや温泉」は白濁した硫黄泉。どちらも個性的ですばらしいお湯だった。


今から15年前~20年前、90年代中ごろの湯ノ沢温泉は社交ダンスが一大ブームで、そうとは知らずに「なりや温泉」「秋元温泉」に宿泊したら、夕食後に着飾って化粧をした大勢の熟年(老年)男女がペアになり、館内のホールでダンスを楽しむ姿が見られ、その熱気にあっけにとられたものだった。
あの光景は幻だったのだろうか…?


※toshibon’s essay「失われゆく湯治文化」


※Toshibon’s Blog Returns「銭川温泉のおばあちゃんが亡くなった」



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