Toshibon's Blog Returns

髪結いの亭主 物書きの妻

33年ぶりの『旅の重さ』


昨年は成瀬巳喜男作品を借りてお世話になった市立中央図書館のAVコーナーに、今度は溝口健二の監督作品でも見直そうと思って立ち寄ったら、何の気なしに手にとった『旅の重さ』(監督:斎藤耕一/1972年)を借りてきてしまった。この映画は封切り当時見ているので、33年ぶりということになる。


何で見ようと思ったのか。毎日雪模様の天気が続く北国の暗い冬空にうんざりしていたからか。この映画は四国、それも愛媛県の南伊予地方が主な舞台。若いころに旅した南予の風光が目の前に甦り、無意識のうちに映画に出てくる夏の海のきらめきを見たくなったのかもしれない。
それにもうひとつ、前回のエントリーで取り上げた『女中っ子』が、無意識の領域で私に『旅の重さ』を借りるように働きかけたのかもしれない。なんとかつながり、という偶然は実際におこるもので、実はこの映画の原作である小説『旅の重さ』の原稿は、『女中っ子』の原作者である由起しげ子の書斎で発見されていたのだ。この事実は『旅の重さ』のビデオを見た後、原作者の素九鬼子をネットで検索して初めて知った。


ペンネーム素九鬼子という人が『旅の重さ』を書いたのは1964年で、それを由紀しげ子に送った。筑摩書房の編集者が由起しげ子の死後、書斎で遺稿を整理していてその原稿を発見。出版を思い立った編集者は著者の素九鬼子を新聞広告を通じて探したりしたが、とうとう見つからずに見切り出版した。出版の2年後、ようやく素九鬼子本人が名乗り出るという“物語”があったのだ。
このまるで“小説のような”エピソードは結構有名らしいが、今回『旅の重さ』を再見するまで知らなかった。


母と二人きりで生活していた16歳の少女が日常生活を捨て、四国をお遍路さんのように歩く一人旅に出て、たどり着いた海辺の村で行商人の父親のような男と生活を共にするというストーリーは、今の時代では牧歌的すぎで現実感に乏しく、旅の先々から「ママ」に向けて書いた手紙という構成も古くさく感じられるのは否めない(何しろ書かれたのが1964年だから!)。でも映画としては、日本のクロード・ルルーシュという汚名?を冠せられた斎藤耕一の作品の中では、『約束』『津軽じょんがら節』などと並んで最良の部類に属するものではあるだろう。そして、この映画の主役はオールロケで撮られた四国南予の風光であろう。


オーディションで選ばれ、この映画がデビュー作となった高橋洋子は、まだ幼さの残るヌードを披露したり、横山リエ(この女優さんも懐かしいなあ)とレズビアンシーンを演じたりと、いわゆる体当たり演技で頑張っていて、好感がもてる。
この時オーディション2位 だったのが秋吉久美子(小野寺久美子)で、作品の終わり近くに入水自殺してしまう文学少女役を演じていて、出番は少ないがキラリと光る感性をみせ、忘れがたい印象を残す。オーデションで高橋洋子と甲乙つけがたかったので、原作に登場しない人物を彼女のために特別に設定したのだと何かで読んだ記憶がある。この映画の主人公役は高橋洋子で正解だったとは思うが、秋吉久美子だったらどんな風に仕上がっていただろうか。それも見てみたかった気がする。


ところで、高橋洋子は1981年の中央公論新人賞を受賞した『雨が好き』で話題になり、83年には自ら監督・主演し同名の映画(未見)を作ったところまでは覚えているのだが、それ以降の活動はほとんど知らない。現在、どうしているのだろうか。
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『旅の重さ』でセンセーショナルに登場した素九鬼子は、1974年~77年の短期間のうちに5編の小説を発表した後、あっという間に文壇から姿を消してしまう(現在も消息は不明のようだ)。デビュー作の『旅の重さ』のほか、『パーマネントブルー』が『パーマネントブルー 真夏の恋 』(監督:山根成之/1976)というタイトルで秋吉久美子の主演で、『大地の子守歌』(監督:増村保造/1976)が原田美枝子の主演で映画化されている。どちらも映画の出来は悪くはなく、特に『大地の子守歌』は原田美枝子の絶叫調のセリフが全編に飛び交う増村映画として記憶に残る。


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