Toshibon's Blog Returns

髪結いの亭主 物書きの妻

太陰暦の映画


成瀬巳喜男監督の1954年の作品『山の音』には、原節子が月明かりに照らされて井戸水を汲むシーンがある。水汲みを終わって原節子は「お母さま、美しいお月さま」と、義母役の長岡輝子に言う。9月から10月にかけて放送されたNHKBS2の成瀬巳喜男監督特集で再見して、このシーンに漂っている神秘的ともいえるエロチシズムと、映像のあまりの美しさに震えるような心地がした。


最も重要なスタッフとして成瀬映画を支えた美術監督・中古智は、名著『成瀬巳喜男の設計』(蓮實重彦と共著・筑摩書房)で、「芽生えを豊富に含んだ水は大地、動物、女性を豊饒多産にする。万物生成の支えである水は月に比較され、直接月と同一され、月のリズムと水のリズムとは同じ運命によって競争し合う」というミルチャ・エリアーデの言葉を引用しながら、月と女と水汲みを長々と見せたシーンの中に、成瀬監督は原節子(役名は菊子)の肉体の変調=懐妊のイメージをみせていたのだろう、と述べている。


私たちは今、太陽のリズムだけで成る太陽暦の時間を生きているが、これに対し月のリズムから成る月の暦がある。月のリズムは女のリズム(周期)でもある。成瀬映画は太陽暦ではなく太陰暦の映画であることには違いない。

山の音 【東宝DVDシネマファンクラブ】
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2014-09-17
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