Toshibon's Blog Returns

髪結いの亭主 物書きの妻

動くフォークロア-映画「馬」

1941年(昭和16年)公開の『馬』(山本嘉次郎監督)という映画をビデオで見た。高峰秀子扮する農家の娘が手塩にかけて育てた仔馬との離別をテーマにした作品で、四季ごとに4人のカメラマンを動員し、1年にわたる長期ロケで撮影された写実的な大作だ。同じころに製作された『風の又三郎』(島耕二監督)もそうだったが、東北ロケによる四季の風景が美しい。ひたむきな愛情で馬を育てあげる少女を演ずる高峰秀子も、当時わずか16歳とは思えないほど、演技が自然で説得力がある。


主なロケ地は岩手県の小岩井農場、盛岡近郊、今の滝沢村(田沢湖線の大釜駅が出てくる)あたりであろう。このあたりは「チャグチャグ馬っこ」で知られる馬産地であり、岩手山麓の雄大な風景に恵まれて、この物語にぴったりの場所だ。ただ、雪はあまり降らないので、冬のシーンは山形県最上地方で撮影したようだ。


まゆ玉が飾られた南部曲り屋に、突然訪問する「スネカ」。ナマハゲに似たこの異形の小正月の訪問者は、実は太平洋側の陸中海岸の習俗だが、まあ、『女中っ子』(1955/田坂具隆監督)に出てきたナマハゲよりはデフォルメされていなので、許せる範囲か。
春、雪解けを待ちかねたように路上で遊ぶ子供たちの描写は、雪国育ちの人なら誰もが共感するだろう。お盆の「さんさ踊り」も登場するが、現在の踊りと微妙に違うのが興味深いし、雪の通りに露店が並ぶ市日のシーンの移動撮影は、木村伊兵衛の写真がそのまま動き出したかのようだ。
岩手山麓の雄大な自然風景もさることながら、民俗学の教材にもなりそうな、こうした風俗描写が特に素晴らしい。ひとつだけ難をいえば、長尺すぎる点かな。


原案・演出の山本嘉次郎は、ラジオで盛岡の馬市の放送を聴き、この作品を構想。製作主任(チーフ助監督)の黒澤明とともに東北を取材して回り、脚本に一年を費やしたという。放牧された馬が画面いっぱいに駆け回るシーンなど夏の野外ロケの多くは黒澤が担当したらしい。なるほどその躍動感は後の黒澤映画を予感させるに十分だ。


この『馬』以外の山本監督の作品は、学生のころ東京の池袋文芸座で上映されたエノケン(榎本健一)の喜劇しか見ていないし、テレビ草創期にNHKのクイズ番組の回答者として出ていた時は、知ったかぶりでスノッブなところが子供ごころに好きになれなかった。何よりも戦争協力映画を撮っていたことがその印象を最悪なものにしていたが、黒澤の力が大きいことを差し引いても、なかなかどうしてたいしたものだ。見直した。


冒頭のシーンで盛岡馬検場を舞台にした馬市の場面が出てくるが、この場面を見て、私は10年ほど前に宮城県鳴子町の川渡温泉で見た馬市のことを思い出した。毎年今ごろの季節に「川渡家畜場」で開催されている2歳馬のセリ市なのだが、この映画をその前に見ていたら、セリを見る目も違ったものになっていただろう。