Toshibon's Blog Returns

髪結いの亭主 物書きの妻

屋久島に降る「浮雲」の雨

このところ胃がきりきり痛むような日々が続いている。お役所関連の印刷物などは予算の関係で年度内に納めるものが多い。3月中に成果品をあげなければならないので、いつもこの時期になると複数の仕事が重なってバタバタしてしまい、青息吐息になってしまうのだ。ここ何年も同じことを繰り返しているのは、私には学習能力というものが欠如しているからなのだろう…。
なんていう泣き言を、去年の今ごろもBlogに書いていたような気がする。


そんなToshibonの嘆息を知ってか知らずか、我が妻は屋久島に赴いている。彼女は山登り(&岩登り)が趣味で、いや趣味というよりは、いわゆる“山屋さん”という種族に近く、休日ともなればどこかの山に出かけている。屋久島に行ったのも九州の最高峰・宮之浦岳(1936m)登山が目的なのだが、2日前のメールでは悪天候で飛行機が島に着陸できず、引き返して鹿児島から船で渡ったと知らせてきた。「屋久島へ船で渡る…」というメールの文字を見てすぐに連想したのは、成瀬巳喜男監督の『浮雲』(原作:林芙美子)という1955年(昭和30年)公開の映画。


腐れ縁の男女(森雅之と高峰秀子)が最後に船に乗ってたどり着くのが屋久島で、小さなはしけで島に渡る場面に降る雨、南の島に似つかわしくない寒々とした雨がとにかく印象深い。屋久島のシーンはずっと雨がそぼ降っていて、そこで女は男にみとられながら病死する。だから私の屋久島のイメージは世界遺産でも、宮之浦岳でも、縄文杉でもなく、(小津安二郎の『東京物語』の映画的記憶が尾道という土地を支配しているように)『浮雲』の映画的記憶が支配する「雨の降る島」である。


実際、屋久島の年間降水量4358.7mmは全国の気象管署の中では第1位で、「ひと月に35日雨が降る」といわれるほど。南国とはいっても、海岸部は亜熱帯、島の大部分を占める山岳地帯は冷温帯気候という特異な環境で、宮之浦岳も1~2月は本州の雪山と変わらない厳しさという。


ネットの天気概況で調べてみると屋久島はきょうも雨らしいので、果たして妻が縄文杉と対面できたか、宮之浦岳に登頂できたかどうかはわからない。昨日届いた妻からのメールには「地元の人も明日の天気は明日になってみなければわからないそうです」とあった。


浮雲 【東宝DVDシネマファンクラブ】
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東宝
2014-09-17
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※追記
筑摩書房から出ている『成瀬巳喜男の設計』〈中古智/蓮實重彦〉によれば、『浮雲』の屋久島のシーンは、実際には伊豆で撮影されたらしい。この映画には群馬県伊香保温泉の共同浴場が出てくる場面もあるが、これも伊豆の湯ヶ島温泉でロケをしたという。〈映画〉はそれ自体が虚構だが、その虚構はまた何重もの虚構で成り立っている。それが〈映画〉の最大の魅力なのかもしれない。