Toshibon's Blog Returns

髪結いの亭主 物書きの妻

顔を知られたくない映画監督

成瀬:いくつになってもまだ買い物ができないんだな。一人でデパートに行っても、そこらの店屋でも買うのはきまりが悪くてしょうがない。
人と話すのは私は口下手で嫌いですが、一人で歩くのは好きでして、暇があると一人でぶらぶら歩いているのですよ。顔を知られたりすることが大嫌いですからね。なるべく知られないような所をごそごそ歩いているのが好きなんです。
自分では一人でやれる仕事が一番好きですね。
(筈見恒夫との対談での成瀬巳喜男の発言-『映畫読本・成瀬巳喜男』フィルムアート社-より)


この「顔を知られたりすることが大嫌い」というのが、とてもよくわかる。私もそういったタイプの人間だから。例えば日常生活で利用する商店(八百屋、肉屋、パン屋、食堂など)などで、店主や店員に顔を覚えられ親しく話しかけられたりすると、次からもうその店へは行けなくなる。群衆の中に匿名の人間としてまぎれていたい、といった心理が少しは働いているのかもしれないが、顔を覚えられたくないという感情が全く「無名の人」になりたいのと同じかというと、違う。照れ屋とか恥ずかしがりやだからというわけでもない。実はその反対の、自意識過剰の裏返しがそうさせてしまうような気がする(と自己分析している)。
それにしても、内気で一人でやれる仕事が好きという人(成瀬巳喜男の父は刺繍の職人だったという)が、よりによって映画監督で名をなすとは、わからないものである。