Toshibon's Blog Returns

髪結いの亭主 物書きの妻

フグの歯の記憶

もと水族館に勤めていた人が開設したHP「水生生物雑記帳」(現在は閉鎖)にフグの歯の写真が載っていた。フグ(クサフグ)の歯は切れ味するどい刃のようになっていて、噛まれたら指がちぎれることもあるという。


 私が小学校高学年のころ、5つ下の妹がこのクサフグに噛まれたことがあった。
 港の防波堤で釣りをしていた時のことで、私は釣ったフグの口から息を入れ、腹を風船のように膨らませて遊んでいた。それを見ていた妹がまねてフグの口に息を入れようとした瞬間、くちびるを噛まれた。妹は痛さと驚きで大声をあげて泣き出した。くちびるからは血が出ていた。
 記憶とはおかしなもので、この時の光景だけが子どものころの突出した思い出となって、今も一年に何回か不意に立ち現れては、余韻を残して去っていく。


 幼い妹が私の動作をまねて嬉々としてフグを手にとった時の表情、突然のフグの反撃に驚き泣き出した時の顔。それら古い日本映画のような質感と輝きを持った記憶の断片に立ち会うたびに、なぜだか切なく、心の奥がキュッと痛くなる。たいしたケガにならずに済んでよかった。


 妹はフグにくちびるを噛まれたことを、今も覚えているだろうか。